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シンフォニア・タプカーラ 伊福部昭

 日本語にも地方によって訛(なまり)というものがある。ましてそれが国境を越えればなおさらだ。

 故・伊福部昭氏の代表作「タプカーラ交響曲」を聴いた。演奏が少し珍しい。ドミトリー・ヤブロンスキー指揮ロシアフィルハーモニー管弦楽団、つまり外国人の解釈による外国人の演奏で、これはナクソスから出ている。その感想は、

 なんというか、節回しが違うのだ。

 これまでタプカーラといえば日本の楽団の演奏に慣れ親しんできた。それは明らかに日本人による日本人としての解釈で、聴いていて安心感がある。西洋音楽は貪欲に何でも吸収しようと考える一方で、自国の文化には極めて保守的な自分がいることに気づいた。

 逆に考えるとどうなるのか。私たち日本人が西洋の音楽を演奏するとき、少なからず訛った演奏をすることになるのか。それは留学などの経験によって解消しきれるものなのか、どうなのか。自分の音楽的嗜好には、どこまでが日本の文化に影響されていて、どこまでがそうでないのか。

「自らの文化に思実であれ」と語った伊福部氏の言葉が重く響く。

シンフォニア・タプカーラ|伊福部昭

[試聴]
http://ml.naxos.jp/?a=8.557587
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テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

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