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シューマン 交響曲第2番ハ長調作品61 | ノリントン指揮・SRSO

"少し前から私の中でハ長調のトランペットが響いています。これからどのような形のものが生まれてくるのか私にはわかりません。"(シューマンがメンデルスゾーンに宛てた手紙)

 ブログのお友達であるはるりんさんが、12日、大きな手術を無事に終えられた。12日当日は手帳を開くたびにそこに書かれた「手術予定日」の文字を見つつ落ち着かない時間を過ごしていたが、本日、ブログを拝見して、ほっと安心した次第である。はるりんさん、これから幾日かは快復に向けて大変なご苦労があるかもしれませんが、一日も早い退院を応援しております。朗報をお聞きし、本当にうれしいです。

 さてはるりんさんといえば私も参加させていただいているシューオタ(シューマンオタク)同盟の盟主でいらっしゃる。ということで、シューマンオタクと名乗るには1000光年と3分の1回転ほど早い私ではあるが、盟主ご不在時くらい、同盟員としての務めを果たさなければならないのではないか・・・などと勝手なことを考え、今日はシューマンを聞いている。ローベルト・シューマンが1845年から1846年にかけて作曲した交響曲第2番である。


schumann4_srso.gif


 ところでハ長調というのは輝かしい勝利の調性などとよくいわれる。祝祭・祝典でもよくつかわれるこの調であるが、ベートーヴェンは交響曲第5番のあのフィナーレをこのC-durで書いたし、ブルックナーは「すべては主の最大の誉れのために」という言葉とともに大作「テ・デウム」を、ショスタコーヴィチは「私は自分の第七交響曲を我々のファシズムに対する戦いと我々の宿命的勝利、そして我が故郷レニングラードに捧げる」と言ってあの第7番のシンフォニー(「レニングラード」)をハ調で書いた。ではこの年のシューマンの頭に、何故C-durのラッパが鳴り響いたのか。これもまた一つの勝利、自身の病状への闘争を志す当時のシューマンの心境と無関係ではない。

 この曲に着手する少し前、精神状態の悪化したローベルトは、奥さんのクララとともにドレスデンへと移住した。エルベの川沿いに今も緑溢れるドレスデンはそれまでのライプツィヒに比べ落ち着いた土地であり、シューマンは次第に調子を取り戻してゆく。バッハの研究も再開し、そのような中で自らの病に対する闘いを重ねて書かれたのがこの曲である。曲はソステヌート・アッサイと指示された序奏で静かに始まる。付点リズムのトランペットが、ホルンとトロンボーンとともに完全5度(C-G-C)跳躍して鳴り、これがその後全曲を貫くこととなる。第2楽章はどこかせわしない動きのスケルツォ。第3楽章はうってかわって愁いのある旋律が印象的なハ短調のアダージョ。そして輝かしい勝利に満ちた第4楽章。なんと素晴らしい曲なんだろう。

 今日聞いたロジャー・ノリントン指揮、シュトゥットガルト放送交響楽団による演奏は、ピリオド奏法を意識した非常に明晰で透明感のあるサウンド。ノン=ヴィヴラートによるクリアな響きのおかげで、この曲のもつ対位法的な構造がくっきりと浮き立ち、また重層的に積み重なった各声部の音が、適度な分離感を伴って立ち上がってくる。これは素晴らしいことで、従来からの曖昧模糊としたシューマンの響きという既成概念に一石を投じるものだ。なによりサウンドは透明だが、音楽は実に血の通った熱い刺激に満ちている点、素晴らしい。シュトゥットガルト放送響の大変なうまさもまた、素晴らしい。

[試聴]※演奏は違うけれど
[第1楽章]
http://www.youtube.com/watch?v=BdO3YFqqX3c
[第2楽章]
http://www.youtube.com/watch?v=fgsq4lDmawg
[第3楽章]
http://www.youtube.com/watch?v=_Y0qFrngw_k
[第4楽章]
http://www.youtube.com/watch?v=V_BBv8joekI
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テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

シューマン 交響曲第2番ハ長調作品61 セル指揮クリーヴランド管弦楽団

 昨夜は職場の飲み会で、久しぶりに午前四時くらいに帰宅した。というわけで今日は二日酔い。乱雑に積み重なるCDの中から、今日は久しぶりにシューマンを取り出して聴いてみた。ジョージ・セルがクリーヴランド管弦楽団を指揮したもので、これは1957年5月31日にスイスのルガーノというところで行われた演奏会のライヴ録音。とても有名な盤であるが、さっぱり聴いていなかった。

 実にセルらしい、情緒に耽溺することの無いキレのある演奏だが、それに加えてスタジオ録音ではこうはいかないだろうというライブならではの臨場感と愉しさがある。それに適度なロマンティシズム。シューマンの交響曲第2番が素晴らしい曲であることは間違いないにしても、それにしてもこんなに良い曲だったか?と思える演奏。第2楽章や第4楽章の抜群のオーケストラのうまさと運動性も素晴らしいが、第3楽章の弦の、瑞々しくも悲しい、なんて愁いを帯びた響きなんだろう。どうしてこんなことが音楽でできるんだろう。

 ローベルト・シューマンが交響曲を書くきっかけとなったのが、シューベルトのハ長調の大交響曲との出会いだったと以前どこかで読んだが、それとは関係ないかもしれないけれど、この第2番もハ長調。形式感もしっかりとしており、また随所に歌心が溢れている。彼は交響曲を全部で4つ書いたが、これは第2番とあるけれど実際には3番目に書かれたもの。本当の第2番は初演が芳しくなかったことから一度引き下げられ、改訂後4番として出されたためだ。

 セルといえば、オーケストラを鬼のようにしごき上げることでも有名な指揮者。この演奏は50年代の後半であるから、セルと彼のクリーヴランド管弦楽団が高みを目指して邁進していた時代か。1946年に常任指揮者に就任後、1年で楽団員の三分の二を入れ替えるという大粛清を決行し、結果、全米を代表するオーケストラとして成長しつづけたのがこの年代。この時期ならではの、集中しきったシャープでスリル溢れる演奏が楽しめる。

 充実した名演を楽しんだあとは、今度は何を聴こう。

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R.シューマン 「暁の歌」Op.133 | ピョートル・アンデルシェフスキ(Pf)

 ピョートル・アンデルシェフスキというピアニストについて、「音楽の友」、「ムジカノーヴァ」、「ショパン」といった月刊誌が、最新号にあたる8月号で取り上げている。先月に来日した演奏会の評価が高かったことが一番の理由だろうが、この人のライブ録音を今日Youtubeで見つけるにあたり納得した。 

 曲はR.シューマンの「暁の歌」Op.133の第5曲(最終曲)。シューマン最晩年の1853年、しかも彼が精神を病む直前に完成させた最後の曲である。この曲を完成させた翌1854年、精神錯乱に陥ったシューマンはライン川へ飛び込むのである。


暁の歌1


暁の歌2


 「森の情景」や、この「暁の歌」など、最晩年に書かれたピアノ作品を聴いていると、この法学部卒の作曲家は、その音楽家としての出自に由来するアマチュアリズムと、枠に収まりきらなかった自身の天才とのはざまで、独り、いったいどこにたどり着いたのだろうと思う。それほどに痛々しくも美しいシューマンの思いがある。

 アンデルシェフスキの演奏は、聞き手に朴訥と自己の内面を語りかけてくる。最初はとりとめのない話に聞こえるが、気がつくといつのまにか演奏者と一対一でしっかりと向かい合っているのである。それゆえに受け取るメッセージも内面的で個人的な深さがあって、各誌が取り上げているアンデルシェフスキの固有性・特異性というのはこうしたものなのだろうかと思う。漂白された世界の中で、シューマン、アンデルシェフスキ、そして聴き手という三者だけが存在している。




http://www.youtube.com/watch?v=Jk8pskJ-7e4


ピアニシモの美しさが耳に残る。


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シューマン 「夜曲」作品23 ヘルベルト・シュフ(ピアノ)

 今日のWQXAの曲目を見ていると、久し振りにハインツ・ホリガーの名前を見つけた。ハインツ・ホリガーといえば、私がバロック音楽を好きになるにあたって随分とお世話になった天才オーボエ奏者だが、作曲家としての作品には触れたことがなかった。そこでいろいろ探したところ、ナクソスでこのアルバムを見つけた。ヘルベルト・シュッフ(シュフ)という人が、シューマン、ホリガー、スクリャービン、ラヴェル、モーツァルトを録音したアルバムである。ちなみに本論とはまったく関係ないが、悔しくなるほどのイケメンである。実にけしからんヾ(*`Д´)ノ

ヘルベルト・シュッフ


 なるほどよくできたプログラムで、ロマン派のシューマンの後に唐突に現代の無調音楽(ホリガー)がやってきて、次は妖しいスクリャービンの後、ラヴェルがきて、最後は古典派のモーツァルト・・・・・・ってシュフさん・・・

 全然関係性がないじゃないですかΣ( ̄ロ ̄|||)

 とおもったら、アルバム名を見て納得した。「Nachtstucke」・・・「夜の作品たち」または「夜のかけらたち」とでもいったところか。確かにそう思って曲目を見ると納得である。

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シューマン 「夜曲」 Op. 23

ホリガー 「エリス」

スクリャービン ピアノ・ソナタ第9番 ヘ長調 「黒ミサ」 Op. 68

ラヴェル 「夜のガスパール」

モーツァルト 「アダージョ」 ロ短調 K. 540
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 一言で言って素晴らしい。何が素晴らしいのかといえば、このヘルベルト・シュフのピアノである。とにかくうまい。群を抜く世界トップクラスの技術もさることながら、絶妙のタッチと明晰な音色で非常に清潔で理性的なピアニズムを感じる。クリアなピアノ・・・というと、冷たい印象となることが多いが、シュフの音は、まさにピアノらしいふくらみのある音で、片時もコクや深みを失っていない。ただの技術屋ではなく、楽曲を見事に消化し把握しきった大きな演奏である。それゆえに野心的なこのプログラミングも奇をてらった感がまるでない。すべてが自然と存在し、つながっていくのである。

 どんな人なのだろうか・・・と思い、公式ページのプロフィールを見て驚いた。少し長いが、引用しておく。

「ヘルベルト・シュフは、1979年にルーマニアのTemeschvarに生まれ、最初のピアノのレッスンをMaria Bodoに受けた。社会主義体制崩壊の直前に、一家はドイツへと移住し、ローゼンハイムのKurt Hantschのもとでピアノを続けた。12歳の時、ザルツブルグのモーツァルテウムの若い学生となり、Karl-Heinz Kämmerlingのもとで研鑽を積んだ。2004年から2005年にかけて、カサグランデ国際ピアノコンクール(イタリア・テルニ)、ロンドン国際ピアノコンクール、ウィーンの国際ベートーヴェンピアノコンクールといった多くの重要な国際コンクールで優勝。」

 概ねこんなようなことが書いてあるハズであるが(汗)、1979年生まれの若手ピアニストがこのような堂々とした演奏をするのか、と正直驚いた。

 まず冒頭のシューマン。夜の旅のはじまりにシューマンを持ってくるなんて、シュッフ、わかっているではないかと思いつつ聴き始めた。ただこの演奏は、シューマン独特の音世界にどっぷり・・・と期待すると面食らうかもしれない。シューマンの世界には十分な配慮をしつつも、常に冷静に理性的に処理している。でもそれでいて気がつくと私たちはいつのまにか、あのシューマンの、あの黒く深い森の中に、いるのである。しかもかなり奥深いところに。演奏スタイルにしても、無駄な作為が一切感じられない。気負いのない自然に流れるシューマンというものが、こんなにも美しく、素敵なものだとは知らなかった。

 1979年ということは、今年でちょうど30歳ということか。今後のシュフに期待大である。


[試聴]
http://ml.naxos.jp/album/OC733

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