スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ブラームス ピアノ・ソナタ第1番ハ長調Op.1 | ペーター・レーゼル(Pf)

少し前、同じ職場のOさんにブラームスのCDを何枚か貸してみたところ、見事にはまってしまわれた。そこでこのところ何回かにわけてブラームスの勉強会などを開いている。苦労人ブラームスの味わい深い世界。

 ヨハネス・ブラームスは1833年にハンブルクに生まれ、1897年にウィーンで没した作曲家である。後期ロマン派のドイツ音楽を代表する作曲家として一つの時代を築いたが、幼少期は恵まれない環境にあった。コントラバス奏者だった父親によって幼い頃から音楽教育を受け、早くから音楽に才能を示したが10代前半には生活のために大衆酒場やストリップ劇場のようなところでピアノを弾いて日銭を稼いだという。とにかく貧しかった。およそ未来の大作曲家が少年時代を過ごすにはあまりにも場違いな暮らしと仕事。苦労人としての人生は既にこの頃から始まっている。

 ブラームスの人生の一つの転機となったのが3つ年上のヴァイオリニストであるエドゥアルト・レメーニと、20歳の年に出かけた演奏旅行だ。この演奏旅行によって、ブラームスはレメーニからジプシー音楽を学びハンガリー舞曲集を編曲することになるほか、シューマン夫妻やフランツ・リスト、ヨーゼフ・ヨアヒムなどと出会うのだ。中でもこのシューマン夫妻との出会いは大きかった。夫ローベルトは、早くもこの若い音楽家の中に才能を見出し、また妻であるクララ・ヨゼフィーネ・シューマンとは生涯に渡る親交と愛が始まるのである。かのローベルト・シューマンの妻にして、天才ピアニスト。前に彼女が書いたイ短調のピアノ協奏曲も聴いたことがあるが、知性と美貌に加えて一人何役もこなすマルチロールプレイヤーだった。若いブラームスが、この才色兼備のクララに恋慕するのも当然で、そこには14歳の年の差など関係なかった。(とはいえ奥手でネクラなブラームスであるから、その後数十年に渡って煮え切らないまま二人の関係は終わるのであるが。)

 さてこの20歳のシューマン家訪問の際に、ブラームスが披露したのが今日聴いたハ長調のピアノ・ソナタ。第1番とあるが実際には2番より後に書かれたものらしい。この曲の見事な演奏を聴いたローベルト・シューマンは、「新しい道」というタイトルの評論を雑誌「新音楽時報」に載せて絶賛し、ブラームスが認められる大きな一歩となった。今日聴いた演奏は、敬愛するペーター・レーゼル氏によるもので、クリアで明晰な音色と忠実な演奏が、若きブラームスの響きを瑞々しく描き出している。真面目な演奏の中にも歌心が溢れており、例えば第1楽章の第2主題、「dolce」と記されたイ短調のメロディのなんと甘美で自然な歌い出しだろうか。

[第1楽章]アレグロ
http://www.youtube.com/watch?v=ahFVxBol0SM
[第2楽章]アンダンテ
http://www.youtube.com/watch?v=_ZeU2fg7h2U
[第3楽章]スケルツォ - アレグロ・モルト・エ・コン・フォーコ
http://www.youtube.com/watch?v=D6nCwqs6RgI
[第4楽章]フィナーレ - アレグロ・コン・フォーコ
http://www.youtube.com/watch?v=9W_vhUeUhGg
スポンサーサイト

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

世界最強の女性によるピアノ五重奏

 朝からなんとなく気だるい感じで(いやそれは昨夜飲み過ぎたからなのですが)、ぼつぼつとYoutubeあたりを眺めていたらどこかで見たことのある女性がピアノを弾いていた。曲はドヴォルザークのピアノ五重奏曲。ほかの4人の弦楽器奏者は良く分からないけど、ピアノの女性だけは妙に見覚えがある。誰だっけ?と思いつつ、画面の右上のクレジットに「Condoleezza Rice (piano)」とあるのを見つけ、ああ、そうだった!と思った。コンドリーザ・ライス氏。前の米国務長官。

 ウィキペディア先生によれば、「父親はウェストミンスター長老教会の牧師で、母親は音楽教師であった。名前はイタリア語の音楽用語『コン・ドルチェッツア con dolcezza』(甘美に柔らかく演奏する)に由来する。」というし、「ピアノの腕前はプロ並み」とあるから当然かもしれないけれど、実に堂々とした見事な演奏。

 『フォーブス』2005年版では「世界最強の女性」1位に輝いたとのこと。

 確かに!

[第1楽章前半]
http://www.youtube.com/watch?v=LfSYwJuq3Vg
[第1楽章後半]
http://www.youtube.com/watch?v=4Ytj-I28nt8

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

マーラー 交響曲第6番イ短調

 ちょっと身辺にいろいろなことがあって、この日記も随分と日が開いてしまった。いろいろな問題はあるけれど、今はがむしゃらに闘い、進まなければならない。そうした日々が続いている。

 さて久しぶりにクラシック。今年はショパン、シューマンの生誕200年と並んで、グスタフ・マーラーが生誕150周年なのだそうだ。複雑に絡み合う大規模なオーケストラの迫真のサウンドが魅力ということもあって、今年は内外のオーケストラのプログラムにマーラーが挙げられているという。そんなこともあって、よしこれは一つ久しぶりにマーラーを聴いてみようと思った。

 マーラーの交響曲というのは全部で9番(「大地の歌」を入れれば10曲)まである。若きマーラーが青春を謳歌した第1番「巨人」、「少年の魔法の角笛」から引用した声楽を伴う第2番~第4番の「角笛三部作」、純粋な器楽に戻りつつも新しいことを始めた第5番~第7番、それ以降・・・といった感じにそれぞれ特徴がある。マーラーの音楽の場合、基本は歌曲的なのに何故か無理やり交響曲という伝統形式にこだわり無理やり押し込んだものが時に溢れたり爆発したりする音楽といった感じがするけれど、今日聴いたこの第6番は形式上もスケルツォを伴った4楽章構成であるし、現れてくる調性も近親調が多い。それなりに伝統的な交響曲の体裁が整っているから、そうした意味ではとらえやすい曲なのかもしれない。(1番や4番の聴きやすさには及ばないにしても。)この伝統的な構成については、第2楽章と第3楽章をスケルツォ→アンダンテの順ではなく、アンダンテ→スケルツォにして演奏するとより際立つ。事実、現在に至るまで両方の版が出ているわけである。

 今日聴いたのは、指揮者のレナード・バーンスタインがウィーン・フィルを振ったもの。のっけから徹底的に死に抗うバーンスタインの音楽はエネルギーに満ち溢れ、真に迫り、私の今の心に響いてくる。息をのむのは3楽章。これはもう天上の美しさだ。唯一残念なのは第4楽章のハンマーが3回打たれていることだが(マーラーの遺した最終稿では3回目のハンマー打撃が削除されている・後述)、それを考慮してもバーンスタインのマーラーは十分に素晴らしい。偉大なマエストロの仕事の前に、ハンマーの1回など関係ないのである。

 終楽章のハンマー。巨大な木槌で、それをダンッ!!と打ちおろす箇所が4楽章に出てくる。その回数が何度も改訂されていて、初期には5回あったものが、3回に減らされ、その後最後の3回目の打撃が削除され、2回になっている。だから解釈の分かれるところではあるが、今日では2回が標準とされている。ただそれが一番マーラーの意に沿うものなのか私にはわからない。例えば奥さんであるアルマ・マーラーの回想によれば、マーラーはこのハンマーによる打撃を英雄の運命であるとし、英雄に3回の打撃が加わり、3回目のダメージで英雄は倒されちゃう話なんだと言っているから、バーンスタインがそうしたように3回が本当なのかもしれない。でもでも私はやっぱり3回目はないほうがいい。3回目の救いの無い致命傷がない代わりに、そのあとの神聖な救いを感じることができるから。奇蹟の救済がどうしても起きてほしいから。

[試聴]
第1楽章
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6546258
第2楽章
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6555579
第3楽章
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6556157
第4楽章
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6566278

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。