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三本コーヒーショップのオムライス

 長野駅近くのちょっと裏通りに入ったところにあるのが、この「三本コーヒーショップ」さん。アンティークな雰囲気の漂う大人のコーヒーショップである。コーヒーショップであるから当然コーヒーが美味しいのは当たり前だが、このコーヒーショップ、オムライスもとても美味しい。唯一の難点は出てくるまでに多少時間がかかることだが、それにしても美味しい。いたって普通の味付けのいたって普通のオムライスなのだが、美味しい。というわけで不思議とたまに食べたくなる。ソースはトマトとホワイトの2種類が選べる。今日はトマト。


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 うまかった。



三本コーヒーショップ
長野県長野市大字南長野末広町1358-2 [地図]
[TEL]026-226-5248
[営業時間]10:00-22:00 日曜は10:00-18:00 定休日なし
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テーマ : 美味しかった♪ - ジャンル : グルメ

ショパンと牛乳パック

 ショパンイヤーに何か相応しい話題などないものかとごそごそと書庫やらCD棚やらを探しているうちに、随分前に買った一冊の本が出てきた。ピアニストの中村紘子さんがお書きになった「ピアニストという蛮族がいる」という本で、1992年の発行とあるから20年とはいかなくてもだいぶ前の本である。これが本当に面白い。当代一流のピアニストとして国際的に活躍される中村紘子さんだからこそ知りえただろう秘話やエピソードがたくさん載っている。その中に、ショパンを得意とした一人のピアニストがいたことを思い出し、彼の録音を聴きながら読み返してみた。

 彼の名は、ウラディーミル・ド・パハマン。1848年に生まれ、1933年に没した名ピアニストの一人。ここで注目すべきは彼が生まれたのが1848年ということ。完全に19世紀後半のピアニストである。そして先に述べたように、その録音が残されている。パハマンが草創期のSP録音に積極的に取り組んでくれたおかげである。つまり彼の演奏を聴くということは、19世紀のピアニズムを体験できることに他ならず、これほどマニア心をくすぐるものはない。

 さてこのパハマン。ショパンをこよなく愛し、生涯をかけて演奏したのであるが、もう一つ有名なのが、数々の奇行である。どんなものかといえば、
「演奏中に間違うと、自分の間違った方の手をもう一方の手でピシャリと叩いて大声で叱る。」(・_・;)とか、
「ショパンを弾きながら途中を忘れて盛大に間違え、自分で即興的に『作曲』して引き終わった」とか・・・( ̄へ ̄;;

いえ、これで終わりではないんです。その後、
「聴衆に向かって、この方がいいのだ、と演説した」り( ̄ロ ̄;;
演奏中延々と同時代のピアニストの愚痴を言ったりΣ(゚ロ゚ノ)ノ

もう本当にこの人は一体何を目指しちゃってるんだろうという感じです(笑)。

 数々の奇行とともに伝説的な名演を生み出したというパハマンだが、最後に極め付けがある。指を強化するために何故か牧場を経営したパハマン。ある日乳搾りに励む中、何故か「牛乳パック」を発明して特許までとってしまったのだとか。そういえばパハマン"Pachmann"のスペル、ずっと見ていると「パックマン」に見えてくるようなこないような・・・。

(参考)「ピアニストという蛮族がいる」(中村紘子・著 中公文庫)

[試聴]
http://www.youtube.com/watch?v=YgdaNygzBcc
http://www.youtube.com/watch?v=y53RWFwiiOM



テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

ピアノ・・・叩き過ぎではないでしょうか?

 先週末は、とある音楽ホールの杮落しのコンサートがあって、これは仕事上企画の段階から携わってきたものだった。主催側にあるピアニストを紹介し、音楽に見識の高い主催者側のおかげをもって、当日はとても盛り上がり、意図した通りの素晴らしい結果として終わった。大成功だったといえる。

 ただ一つだけ、気になったことがある。最近のピアニスト、ピアノを叩きすぎじゃないだろうか。

 確かに豪壮に叩きつける演奏が、特にライヴでは視覚的にも、聴感上も有利な効果として作用することは否めないだろうし、ピアニストの先生方にしてみれば、不勉強な門外漢が何を言っているのだということになるのかもしれない。だがピアノとは、ピアノであってフォルテではない。はっと息をのむような瞬間、しかもそれがピアニシモでもたらされるというようなことが、このところとても少ないように思える。

 もちろんクラシック音楽にも流行があって、いつの時代にもその時代に求められる音を、ピアニストやピアノメーカーは追求してきた。例えばメーカーで言えば、時代の潮流に敏感に反応し成功したのがスタインウェイや国内ではヤマハだろうし、逆に伝統を頑なに守ることで失敗したのがベヒシュタインやベーゼンドルファといえるかもしれない。でもこれはあくまでビジネスの話。音楽的にどうかというのは市場占有率とはまた別であって、豪奢に鉄骨フレームまで鳴らし尽くすことだけが音楽のすべてではない。ひそけき高貴な音も、甘美で繊細なピアニシモもまた音楽である。誤解の無いように付け足せば、前者の豪奢な鳴らしというのも、これはこれで素晴らしい音楽の世界へ誘ってくれるもので、決して否定するものではないし、むしろ賛美するものである。だがどのメーカーも、どのピアニストも、通り一辺倒になって同じような演奏、弾き方、サウンドというのもまた寂しい。これは音楽の聴取といった段階でも、その道の大家や玄人、通といった先生方の「スタンダードな批評」をそのまま信じてしまう今日の消費の在り方にも似ているようにも思えるし、コンクールという画一的な評価システムにしてもまた然り。(といいつつ、それに少なからず惑わされたり、携わったりしている自分も同じなのだが。)ただ一つだけ自信をもって思うことは、人それぞれに味の好みがあるのと同じく、音楽の好みにももっと広範な多様性があって良いということ。貴方と私は違って当然なのである。

 最後にこの日の若いピアニストは素晴らしい仕事をしてくれたし、その音楽も素晴らしいものであったことをもう一度強調しておきたい。

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

手打ちそば処 たけの春 | 長野県須坂市

 信州そばで美味しい蕎麦屋さんといえば、やっぱり戸隠高原まで出かけなければ・・・と常々思っているが、問題は遠いこと。お腹が空いてから出かけたのでは、着くころには心底ペコペコ。もしかして戸隠のそばが美味しいのは、空腹という最高のスパイスのためもあるんじゃないかとたまに疑いたくなるくらいである。じゃあ、もっと近くの蕎麦屋にすれば良いとも思うのだが、なかなか美味しいと思える蕎麦屋がないのも実情。

 とはいえなかなかないということは、いくらかはあるということで、この「たけの春」さんもその一つ。畑と住宅地の真ん中というちょっと分かりにくい立地だけれど、美味しい蕎麦屋さんだ。戸隠風の蕎麦を麓で食べられるということもあって、たまに出かける。お通しで出てくる漬物類も美味しい。

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 手打ちにこだわった良質の蕎麦を、ダシの効いた美味しいタレで頂く幸せな一時。


 うまかった。


戸隠手打そば処 たけの春
長野県須坂市野辺1351-3 [地図]
TEL:026-245-7563
営業時間:11:00-15:00 17:00-20:00 ※水曜日は昼のみ営業
木曜定休(祝日は営業)

テーマ : 蕎麦屋 - ジャンル : グルメ

ラーメン | 花のもつ平 泉岳寺

 4月の15日に東京出張の折に入ってみたお店。いつも思うのだが、この泉岳寺という駅の近くはご飯を食べるところがほとんどない。この地区で美味しく手ごろな価格のご飯屋さんをやったらさぞ繁盛するだろうにと思うのだが、何故だろうか。

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 カウンター席に案内され、とりあえず基本と思われる「ラーメン」を注文。内容としてはいたって普通のラーメンにして、いたって普通の味。

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 以上。

テーマ : ラーメン - ジャンル : グルメ

美味しい!マサムラのシュークリーム 松本市

 もともと甘いものはあんまり食べない飲兵衛であるが、このところそれにしても美味しい甘いものを食べていないなあと思っていたら、来訪されたお客様がシュークリームをお土産にくださった。マサムラという、松本市にあるお店のものである。長野県でシュークリームといえば、やっぱり一番に思いつくのがこのマサムラで、それはもうなんというか、美味しいの一言なのである。うん。

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 甘すぎず上品な味わい。

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 うまかった。


テーマ : スイーツ - ジャンル : グルメ

とうふラーメン | 中華そば「しま田」

 週4~5日のペースで通うこともあるくらい、食べ飽きないラーメンを出してくれるのがこの「しま田」さん。基本の「中華そば」が一番美味しいと思っているが、たまには他のものも。この豆腐ラーメン(700円)もまた美味しい。

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 醤油ラーメンにボリュームのある豆腐がのったあんかけラーメン。



 うまかった。


テーマ : ラーメン - ジャンル : グルメ

ストルツマンのフィンジがあった・・・

 このブログのごく初期の頃、2007年の3月に書いた記事にイギリスの作曲家ジェラルド・フィンジの「クラリネット協奏曲」(1949年作曲)があります。ネクラな私の大好きな曲で、それはもうヤバイくらいに美しく、時に厳しくも、その先にあるのは、ひたすらな優しさと安らぎに満ちた・・・・・・というくらい好きな曲なんです。特にリチャード・ストルツマンというクラリネット奏者とギルドホール弦楽アンサンブルの録音が素晴らしい・・・と書いたんですが、その時はどこを探しても試聴できるものがなく、仕方なくナクソスに試聴のリンクを張っていました。

 ところが・・・あったんです。今日、この演奏が。残念なのは極上の第2楽章が2分割されていることですが素晴らしい演奏です。

 というわけで、その2007年の記事に載せてあります。もしお時間がある方、どうか聴いてみてください。厳しさと諦念の先にある、静かな安らぎの境地が待ってます。

フィンジの記事へ

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

風呂上りの一杯は格別らしい・・・

風呂上りに一杯飲んで、あとはもう寝るしか!

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テーマ : パパ育児日記。 - ジャンル : 育児

ブラームス 6つの歌曲Op.3

 ブラームスが20歳の年に書かれた6つの歌曲は、あのブラームスも青春していたんだなあと肌で感じ取れる歌曲集。特に第1曲「愛のまこと」が有名で、恋する娘に恋など捨てなさいと諭す母親と、恋に生きる娘の受け答えという形となっている。ピアノ(弱く)で歌われる母の言葉と、ピアニッシモでそれに対する娘の返答。母の言葉はピウ・モッソ(今までより早く)、アジタート(激しく)・・・と次第に激しさを増すが、最後は娘も強気のフォルテで返答する。

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O versenk', o versenk'
dein Leid, mein Kind, in die See, in die tiefe See!

Ein Stein wohl bleibt auf des Meeres Grund,
mein Leid kommt stets in die Höh'.

Und die Lieb', die du im Herzen trägst,
brich sie ab, brich sie ab, mein Kind!

Ob die Blum' auch stirbt, wenn man sie bricht,
treue Lieb' nicht so geschwind.

Und die Treu', und die Treu','s war nur ein Wort,
in den Wind damit hinaus.

O Mutter und splittert der Fels auch im Wind,
meine Treue, die hält ihn aus, die hält, die hält ihn aus.


おお、沈めなさい。おお、沈めてしまいなさい。
あなたの苦しみを、私の娘よ、海の中に、海の深みに!

石ならば海の底にとどまるでしょうけれど、
私の苦しみは常に浮かんでくるのです。

ならばあなたが胸の中に抱きしめている苦しみを、
折りなさい、折ってしまいなさい、私の娘よ!

花は人が折れば枯れますけれど、
真実の愛は決して儚くはないのです。

真実、それは言葉だけ、
ただ風で飛んでってしまうだけのもの。

おお、お母様、風で岩が割れたって、
私の真実は、それにも耐えるのです。

---------------------------------------------------

訳が違っていたらすみません。
ちなみに現代の親子なら、こんな感じでしょうか。


母「アンタ、何ふさぎこんでんのさ、こっちは忙しいってのに。恋?そんなモン、今すぐ海に沈めちまいな!」
娘「だってえ・・・石なら沈むけど、アタシの苦しみはすぐ浮かんできちゃうんだもん・・・。」
母「じゃあ、折っちまえばいいだろ、そんなもん!ホラホラ、洗濯手伝いな!」
娘「テキトーなこと言わないでよ!アタシの愛は、真実の愛なのっ!!」
母「はあ~~??何いっちゃってんだろうねえ、コノ子は。そんなもん風吹きゃ飛んでっちまうよ!それより夕飯の買い出し言っといで!」
娘「なんですってえっ!?例え岩が割れちゃうような暴風だって、アタシの愛は耐えられるんだもん!もういい!お母さんとは口きかないっ!」


ただの親子喧嘩っ!?∑( ̄□ ̄;)
※違います。(by はるりんさん)


[試聴]
http://www.youtube.com/watch?v=bIfjiAq0rGg

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

ブラームス ピアノ・ソナタ第3番ヘ短調Op.5 | デトレフ・クラウス(Pf)

「彼は誠に立派な風貌を持っていて、みるからに、これこそ召された人だと肯かせる人だった。ピアノに坐ると、さっそくふしぎな国の扉を開き始めたが、私たちはいでてますますふしぎな魔力の冴えに、すっかりひきずりこまれてしまった。彼の演奏ぶりは全く天才的で、悲しみと喜びの声を縦横に交錯させて、ピアノをオーケストラのようにひきこなした。」(シューマン著「新しい道」より抜粋 *1 )

 この間の記事で、ブラームスの人生の転機の一つが、ヴァイオリニストのレメーニと出かけた演奏旅行のことを書いたけれど、この演奏旅行は波乱に満ちたものだった。そもそもがハンガリー革命にかかわって追放されてきた流浪のヴァイオリン奏者と、かたや引っ込み思案でネクラなブラームス。うまくいくはずがないのである。1853年4月19日にハンブルクを立った二人であるが、それでも幸いだったのはレメーニがウィーン音楽院時代の学友で、当時既に世界一流のヴァイオリニストとなっていたヨーゼフ・ヨアヒムのいるハノファーを訪れ、彼と会わせてくれたことだろう。レメーニにしてみればハノーファーで演奏会を開催する糸口をと思ってヨアヒムを訪ねたというのが本音なのだろうが、当のヨアヒムは2歳年下のこの無名の作曲家の中に、しかと天才を感じ取りすっかり意気投合するのである。これがのちのブラームスにとって重要な助けとなる。結局レメーニが革命に関わっていた人物ということで演奏会は開けず、そればかりか二人は強制退去を命じられてしまうのだが。

 その後二人は当時のヨーロッパ音楽の帝王フランツ・リストを訪ねるが、ここでもブラームスの引っ込み思案が災いしている。リスト本人からの要望で作品を聴かせてほしいと言われたのに、ブラームスはアガってしまって弾けない始末。最終的にはリスト自身が「初見で」ブラームスの作品4のスケルツォを見事に演奏したという。こうしたブラームスの奥手ぶりについにレメーニが愛想をつかし、ブラームスは演奏旅行の途上で別れを告げられてしまうのである。その後、ヨアヒムのところに身を寄せたブラームスは、秋になるとライン川流域を旅し、そこでシューマンの作品に出会う。これがきっかけとなってブラームスはシューマンの住むデュッセルドルフを訪ねることになるのだ。

 秋も少しづつ深まり出す9月30日。ブラームスはついにシューマン家を訪問する。そこにはローベルトとクララの夫妻がいて、ブラームスは作品1のソナタを弾いたことは前に書いた。これに感動したシューマンは、10月28日付の「新音楽時報」(シューマンが創刊し、現在刊行されているドイツの有名な音楽雑誌)に「新しい道」というタイトルでブラームスを紹介する記事を書いた。

「すると果して、彼はきた。嬰児の時から、優雅の女神と英雄に見守られてきた若者が。その名は、ヨハンネス・ブラームスといって、ハンブルクの生まれで、そこで人知れず静かに創作していたが、幸いにも教師にその人を得、熱心にその蘊蓄を傾けてもらったおかげで、芸術の最も困難な作法を修めたすえ、さる高く尊敬されている有名な大家の紹介によって、先日私のところにきたのである。」(*2)

 こうして無名の作曲家から一躍世間に知れることとなったブラームスにとって、この1853年という年は、どれだけ充実し、また激動の1年だったのだろう。

 この時期に、このデュッセルドルフで書かれたのが今日聴いたヘ短調のピアノソナタ。1番、2番を経て若きブラームスがたどり着いた、ピアノソナタの到達点である。

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http://ml.naxos.jp/album/CTH2287


[試聴]※演奏は今日聴いたものではないけれど
http://www.youtube.com/watch?v=VZ__mkglvaY


*1-2:「音楽と音楽家」(吉田秀和訳・岩波文庫)より引用

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ブラームス ピアノ・ソナタ第2番嬰ヘ短調Op.2 | リヒテル(Pf)

 なんでまたブラームスという人は作曲家としての人生のはじまりを、3つのピアノ・ソナタで迎えたのだろうか。例えば先輩のシューマンの場合、作品1はあのアベッグ変奏曲であるし、作品2の蝶々、作品3はパガニーニから拝借したモチーフによる練習曲・・・ようやくソナタが現れるのは作品11だ。ブラームスにしたって青春の若々しい爆発ならばもっとこう自由な書き方があっただろうに、ソナタというフォーマルな枠組みの中でわざわざ爆発させたというのは、周囲はTシャツにジーンズ姿なのに毎日スーツを着て学校へ通ってくる大学生のような、すごい青春だと思う。

 それにしてもこの第2番のソナタは、3曲のソナタの中で最も様々なロマンティークなものや感情が丸のままゴロゴロと入っているようだ。カッチリとした形式感の中にあっても、楽章を追うごとにいつのまにか自由な世界に入り込んでいく。そもそも何故、ソナタにしたのだろうか。まだ成人すらしていない19歳の青年が、溢れ出すロマンティシズムを、伝統形式の中にぎゅうぎゅうに押し込んだ結果、この不思議な魅力のある未完成な曲が出来上がった。第1楽章のアタマに記された"Allegro non troppo e energico"という指示にしたって、「速く、はなはだしくなく、そして力強く」と言われても、若いんだからもっと思い切ってどっちかにしようよといいたくなる。それとも後にクララ・シューマンに献呈されるこのソナタ、どっちかになどできなかったのだろうか。

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 個人的に好きなのは第3楽章のトリオの「Poco piu moderato(ポコ・ピウ・モデラート)」で始まる美しい旋律。ここにも最高音のAがすぐに減衰してしまうようなところに、ホロホロと崩れてしまいそうな、19歳の想う儚い美しさがある。

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[第1楽章]
http://www.youtube.com/watch?v=D63iQngnHgc
[第2楽章]
http://www.youtube.com/watch?v=z_HkEMNo7g8
[第3楽章]
http://www.youtube.com/watch?v=k-SAABsJjag
[第4楽章]1/2
http://www.youtube.com/watch?v=dhjXqHf5J5g
[第4楽章]2/2
http://www.youtube.com/watch?v=7fY4BhUDD7k

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