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ブルックナー 交響曲第7番ホ長調 | 朝比奈隆指揮/大阪フィル(1975)

 前回に引き続いてブルックナーを聴いている。この交響曲第7番は1881年から丸二年近くをかけて作られた。彼の交響曲の中では最も聴きやすい部類に入り、昨日取り上げた6番とは対照的に今日でも演奏機会に恵まれている一曲である。特にワーグナーの死を予感しながら書き進められ、実際にクライマックスの執筆中にワーグナーの死を知った第2楽章は、ブルックナーのワーグナーへの追悼の想いが刻まれている。清澄なフルートと弦のピツィカートに続く、185小節アウフタクトからのワーグナー・チューバによる旋律など、涙がでる。

bru_07_2mov_185.jpg

今日聴いたのは、生涯をブルックナー演奏に捧げた故・朝比奈隆氏が大阪フィルハーモニー交響楽団と行ったヨーロッパ演奏旅行にて、ブルックナーの聖地である聖フローリアン教会で行った奉献演奏の記録である。

 「アウトバーンを右手に出て低い丘陵地を通り抜けると、小高い丘を中心につつましく寄り添う家並みの向こうに写真で見覚えのある鐘楼が見える。聖フローリアン寺院である。私たちにとって、そこはローマ以来の由緒ある古寺としてではなく、アントン・ブルックナーがかつて住み、音楽をつくり、そして今はその地下に眠る「聖なる地」であった。今度の日程中、リンツでの演奏会が市内のブルックナー・ホールでなくてこの寺院で催されたと知らされた時、私は幸せに酔う思いであった。この日の午後、そこで私たちがその交響曲第七番を演奏するということが現実になろうとしているのである。(中略)私はかなり遅い目のテンポをとり、広間の残響と均衡をとりつつ演奏を進めた。十分な間合いを持たせて第二楽章の最後の和音が消えた時、左手の窓から見える鐘楼から鐘の音が一つ二つと四打。私はうつむいて待った。ともう一つの鐘楼からやや低い音で答えるように響く。静寂が広間を満たした。やがて最後の鐘の余韻が白い雲の浮かぶ空に消えていった時、私は静かに第三楽章への指揮棒を下ろした。」(朝比奈隆著「楽は堂に満ちて」より)

朝比奈隆 楽は堂に満ちて


 ブルックナーが足元に眠る同教会のベルモアザール(大理石の間)、残響7秒という豊かな響きが大阪フィルの音を一層優美な音楽に仕立てている。またここでの朝比奈&大阪フィルの気合の入り方は尋常ではなく、一期一会で一撃必殺な会心の演奏を繰り出している。上に引用した文章でも「かなり遅い目のテンポ」とあるように、この遅いテンポのために、長すぎる残響に埋没してしまいそうな細部も、ある程度までくっきりと浮かび上がる。大阪フィルの演奏も、全体を通して強烈なエネルギーに満ちながらも、この日は無駄な力みがなく、がならない。会場、オーケストラ、指揮者が混然一体となって作り上げた、神々しいまでの音の大宇宙。なんと美しいのだろう。


[試聴]
http://www.hmv.co.jp/product/detail/136953


 天上の美しさに心奪われた後、ふと外に目をやると、夏らしい風景が広がっている。かんかんと照り続ける太陽を受けてうちの菜園でも野菜がすくすくと育っていた。今夜はうまい野菜が食べたくなった。

トマト
ナス

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

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