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マーラー 交響曲第6番イ短調

 ちょっと身辺にいろいろなことがあって、この日記も随分と日が開いてしまった。いろいろな問題はあるけれど、今はがむしゃらに闘い、進まなければならない。そうした日々が続いている。

 さて久しぶりにクラシック。今年はショパン、シューマンの生誕200年と並んで、グスタフ・マーラーが生誕150周年なのだそうだ。複雑に絡み合う大規模なオーケストラの迫真のサウンドが魅力ということもあって、今年は内外のオーケストラのプログラムにマーラーが挙げられているという。そんなこともあって、よしこれは一つ久しぶりにマーラーを聴いてみようと思った。

 マーラーの交響曲というのは全部で9番(「大地の歌」を入れれば10曲)まである。若きマーラーが青春を謳歌した第1番「巨人」、「少年の魔法の角笛」から引用した声楽を伴う第2番~第4番の「角笛三部作」、純粋な器楽に戻りつつも新しいことを始めた第5番~第7番、それ以降・・・といった感じにそれぞれ特徴がある。マーラーの音楽の場合、基本は歌曲的なのに何故か無理やり交響曲という伝統形式にこだわり無理やり押し込んだものが時に溢れたり爆発したりする音楽といった感じがするけれど、今日聴いたこの第6番は形式上もスケルツォを伴った4楽章構成であるし、現れてくる調性も近親調が多い。それなりに伝統的な交響曲の体裁が整っているから、そうした意味ではとらえやすい曲なのかもしれない。(1番や4番の聴きやすさには及ばないにしても。)この伝統的な構成については、第2楽章と第3楽章をスケルツォ→アンダンテの順ではなく、アンダンテ→スケルツォにして演奏するとより際立つ。事実、現在に至るまで両方の版が出ているわけである。

 今日聴いたのは、指揮者のレナード・バーンスタインがウィーン・フィルを振ったもの。のっけから徹底的に死に抗うバーンスタインの音楽はエネルギーに満ち溢れ、真に迫り、私の今の心に響いてくる。息をのむのは3楽章。これはもう天上の美しさだ。唯一残念なのは第4楽章のハンマーが3回打たれていることだが(マーラーの遺した最終稿では3回目のハンマー打撃が削除されている・後述)、それを考慮してもバーンスタインのマーラーは十分に素晴らしい。偉大なマエストロの仕事の前に、ハンマーの1回など関係ないのである。

 終楽章のハンマー。巨大な木槌で、それをダンッ!!と打ちおろす箇所が4楽章に出てくる。その回数が何度も改訂されていて、初期には5回あったものが、3回に減らされ、その後最後の3回目の打撃が削除され、2回になっている。だから解釈の分かれるところではあるが、今日では2回が標準とされている。ただそれが一番マーラーの意に沿うものなのか私にはわからない。例えば奥さんであるアルマ・マーラーの回想によれば、マーラーはこのハンマーによる打撃を英雄の運命であるとし、英雄に3回の打撃が加わり、3回目のダメージで英雄は倒されちゃう話なんだと言っているから、バーンスタインがそうしたように3回が本当なのかもしれない。でもでも私はやっぱり3回目はないほうがいい。3回目の救いの無い致命傷がない代わりに、そのあとの神聖な救いを感じることができるから。奇蹟の救済がどうしても起きてほしいから。

[試聴]
第1楽章
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6546258
第2楽章
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6555579
第3楽章
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6556157
第4楽章
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6566278

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

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